OFF NOTES SPECIAL FEATURE / 100KM WALK
100キロを、歩いた。
湯河原から
100キロウォークというのは、
だいたい丸一日かかる。日本各地に大会があって、湯河原から川崎まで歩く「湯渡し100」や、小田原から有明まで歩く「東京エクストリームウォーク100」あたりが有名なほうだと思う。走らない。ずっと歩く。それだけの競技だ。
僕がこれを知ったのは、ウォーキングにはまっていた時期だった。
きっかけはダイエットで、都内の移動をなるべく徒歩に置き換えていたら、一日3時間・15キロ歩くのが当たり前になっていた。BMIは23から18.3まで落ちて、痩せる必要が無くなってもやめられなくなった。家にいるときも、次はどこを歩くか、靴はどれがいいかを調べていた。完全に趣味だった。
その延長で、100キロという単位があることを知った。毎日15キロ歩ける体で、一日でどこまで行けるのか。単純に、それが知りたくなった。
大会に出るのが早いのだけれど、当時の僕が出られる範囲に、ちょうどいい日程のものが見つからなかった。それで、自分でコースを引くことにした。
地図で国道1号をたどっていったら、湯河原から日本橋までがちょうど100キロだった。それだけの理由で、行き先が決まった。
準備らしい準備はしていない。2年間毎日15キロ歩いていたこと自体が練習だったし、当日のために足したのは一つだけで、前日は歩くのを休んで12時間寝た。
2017年12月11日、朝6時に起きて、9時半に湯河原駅に着いた。
湯河原、10時00分。海と山しかない(0km/スタート)
出発直前、湯河原に向かう電車の座席の下に財布を落とした。気づいたときには降りたあとで、慌てて戻って座席の下から拾った。まだ一歩も歩いていない。
10時ちょうど、湯河原駅を出た。天気は快晴。体はなんともない。
歩きはじめてすぐ、これは散歩じゃないなと思った。左手に海、右手に山。国道を歩いているだけなのに景色が旅になる。
ただし歩道は狭い。枝が張り出していて、避けると車道側に出る。車はけっこうな速度で来る。景色は良いが、のんびりはできない区間だった。
小田原、13時30分。ここまでは計画どおりだった(17km/3時間30分)
3時間半で小田原に着いた。
ここで薄皮あんぱんの専門店を見つけて、桜の白あんを買った。店の人と話しながら写真を撮らせてもらった。少し先にはどら焼きの専門店があって、バターの入ったものを買った。
まだ完全にピクニックだった。100キロを歩いている自覚がほとんど無い。ちなみにこの17キロだけは、計画と同じ時刻に通過している。誤差ゼロ。計画が当たるのは、だいたいここまでだ。
大磯、夕方。33キロ歩いて、まだ3分の1(33km/約7時間)
小田原を出たあたりから雲が出て、足が痛みはじめた。道中で食べたクリームドーナツは、味というより回復薬に近い。
大磯に着いたのは夕方。計画では17時ちょうどに着いてゆっくりするはずだったが、実際に何時だったのかはメモに残っていない。駅前にはスタバも開いているパン屋も無く、コンビニでバナナを一本だけ買って、座らずに歩き続けた。
ここで数字を数えてしまったのが良くなかった。33キロは、東京から横浜までとだいたい同じ距離だ。それを歩いてきて、まだ3分の1。残りは67キロある。
素直に、
夜に入る。12月の国道1号と、湘南クッキーの自販機(約40km/9時間)
8時間を過ぎたところで日が暮れた。ニット帽とネックウォーマーとフリースを出して着込む。12月の夜だった。
標識が34キロを指していた。山手線を一周してもだいたい同じくらいだけれど、あれは途中で何度も座って歩く距離だ。ここまで一度も、まともに座っていない。
平塚を抜け、相模川を渡って茅ヶ崎へ。温泉の看板があって、心底入りたかったが通り過ぎた。
このあたりで気づいたのだが、沿道にクッキーの自販機が異様に多い。「湘南クッキー」という名前で、何台も何台も出てくる。何なんだあれは。結局買わなかったけれど、夜中にあれを買っている人のことを、しばらく考えながら歩いた。
道路工事も多く、歩道が細くなっては何度か迂回させられた。体のほうは、小指と腰が本格的に痛くなってきた。膝とふくらはぎがまったく平気なのが不思議だった。
藤沢、23時10分発。中間地点のあと、1時間で1キロしか進まなかった(50km)
藤沢。ちょうど半分の50キロ。
ロイヤルホスト藤沢本町店に入って、ポルチーニのパスタとパンを頼んだ。ふくらはぎと腰にサロンパスを貼る。スマホのバッテリーもここで充電した。1時間30分休んで、23時10分に出発。ここから横浜まで一気に行って、残り30キロを楽に流そう——という計画だった。
その計画は、
藤沢バイパスの境川にかかる橋が、工事で通れなかった。周辺の橋も道も工事中で、Googleマップが示す道は、行ってみると全部ふさがっている。
街灯の無い砂利道を、スマホの明かりだけで歩いた。1時間かけて、1キロしか進まなかった。
この28時間でいちばん高くついた失敗が、これだと思う。ヘッドライトを持っていなかった。国道には街灯があるから要らないだろうと考えていて、工事で国道から追い出されることを計画に入れていなかった。
戸塚駅にたどり着いたのは深夜1時20分。コンビニで買ったココアが、異様にうまかった。そのあと月がきれいだなと思ったので、たぶんもう普通の精神状態ではなかった。
横浜、明け方5時ごろ。マクドナルドで崩れる(70km/19時間)
深夜3時。小指と腰の痛みがはっきり悪化して、速度が目に見えて落ちていた。
このとき僕がどこにいたかというと、保土ヶ谷にすら着いていなかった。計画では、この時刻にはとっくに横浜を過ぎて、川崎に着いているはずだった。どんだけ甘い見積もりだったのか、と当時のメモに書いてある。
横浜にたどり着いたのは、
ここが精神的にも肉体的にもいちばん悪かった。膝とふくらはぎは相変わらず無事なのに、小指と腰だけが致命的に痛い。1時間座って、足を伸ばして、朝6時に横浜を出た。計画では、この時刻にはもう日本橋にいるはずだった。
川崎から蒲田へ。小指のマメをハサミで潰す(85km/22〜24時間)
朝8時、川崎市に入った。なか卯でうどんを食べる。座りすぎないように、さっと出る。
朝9時、多摩川を渡って東京都へ。歩きはじめて、ちょうど23時間が経っていた。23時間も歩いて、僕は何をやっているんだろう、と思った。
9時49分、蒲田。ほぼ24時間。速度は時速4kmを切っていた。
タリーズに入って靴下を脱いだら、左足の小指の第一関節に、でかいマメができていた。ハサミで潰して水を抜いた。昔サッカーをやっていたので、この処置には慣れている。
マメの記事はたいてい「できないようにする方法」で終わるので、そのあとを書いておくと、潰して水を抜いて、靴下を替えて、足首にテーピングをして、そこから16キロ歩いた。悪化はしなかった。
もちろん自己流だ。ただ、あの時点でいちばん怖かったのは痛みそのものではなく、痛みで歩き方が崩れて別のところを壊すことだった。だから潰した。
※ このやり方は自己流です。真似する前に、ちゃんとした情報を確認してください。
体を点検してみると、致命傷は無かった。2年間毎日15キロ歩いてきた土台が効いている。
問題は体ではなかった。歩くのに飽きてきていた。景色は代わり映えせず、店は閉まっていて、やることが何も無い。24時間を超えたあたりから、体より先に心が削れていく。100キロを終わらせるのは、たぶん痛みではなくてこの退屈だ。
品川、銀座、日本橋。28時間18分でゴール(101km)
12時44分、品川。ここまで来ると完全に知っている街で、コンビニもカフェもいくらでもある。湯河原発にして本当に良かったと、この区間で何度も思った。
浜松町のあたりで、前を歩いているおばあさんに追いつけなくなった。同じ速度で、しばらく後ろを歩いた。泣きそうになった。
銀座に入ると、もう地元だった。東京駅が見える。見えているのに、遠い。
14時18分、
出発から28時間18分。101キロ。スターバックスの椅子に崩れ落ちて、普段は頼まない甘いラテを頼んだ。疲れた体に、砂糖がそのまま染みていった。
01 / AFTER THE WALK
歩き終えて分かったこと
ここから先は、
100キロは何時間かかるのか— 地図の見積もりは、前半しか当たらない
歩く前に、Googleマイマップでルートを引いて、区間ごとの見積もり時間をメモしてあった。全部が時速4.8kmの計算で、100キロなら20時間50分。10時に出れば、翌朝6時53分には日本橋にいるはずだった。
実際は14時18分。計画より7時間25分、遅れている。面白いのは、遅れ方に構造があることだ。
ルートの設計— なぜ湯河原発なのか
100キロで効くのは、脚力よりどっち向きに歩くかだと思っている。
逆向きに歩いてはいけない
このルートは、必ず湯河原から東京に向かって歩いたほうがいい。
湯河原側の国道135号は歩道が狭く、枝が張り出していて、コンビニがほとんど無い。逆向きにすると、80キロ以上歩いて消耗しきった体で、暗くて狭くて店の無い道に入ることになる。
後半が東京側になるのも大きい。いちばんつらい時間帯に、いちばん親切な道を歩ける。これは意図して設計する価値がある。
補給の設計— 100キロを、コンビニだけで1時間200kcalで回す
いちばん設計らしい設計をしたのが補給だった。歩行1時間あたり200kcalを入れると決めて出て、この数字でちょうど良かった。ハンガーノックのような状態には一度もならなかった。
中身はほとんど一本満足バーとウイダーinゼリーで足りる。コンビニで買えて、歩きながら食べられて、胃にもたれない。これが分かっていれば、食事のためにわざわざ座る必要が無くなる。
実際に28時間で食べたものは、こうだった。
- 小田原の薄皮あんぱん(桜の白あん)
- 小田原のどら焼き(バター入り)
- クリームドーナツ
- コンビニのバナナ
- ロイヤルホストのポルチーニのパスタとパン
- コンビニのココア
- なか卯のうどん
- 一本満足バー、ウイダーinゼリー(随時)
失敗はひとつ。深夜のラグーソースのパスタで、油と肉の重いものは疲れた胃に入らない。深夜に食べるなら、うどんのほうが正解だった。
水はコンビニで見かけるたびに買った。12月だったこともあって脱水の気配は無かったが、夏なら話がまったく違うと思う。
休憩は、少ないほうがいい— 3時間20分の内訳
反直感的だと思うのだけれど、休憩は少ないほうが楽だった。座ると筋肉が固まるからで、10分座って立ち上がると、座る前より確実に歩きにくくなっている。休んだぶん回復するのではなく、休んだぶん再始動が重くなる。
このうち本当に必要だったのは、横浜の60分だけだったと思う。藤沢の90分は長すぎた。あそこで脚が固まって、そのあとの工事の迷子と重なって、深夜がいちばんつらい時間になった。
装備
荷物は少ないほうがいい。持っていったのは、これで全部だ。
IN THE BAG
持ちもの
- 500mlの水
- カロリーメイト、ウイダーinゼリー
- 薬とばんそうこうのポーチ
- 替えの下着
- モバイルバッテリー
- ティッシュ
WEAR — DEC. NIGHT
服装 — 12月の夜を歩く前提
- ナイキのシューズ (普通のランニング用)
- ナイキの上下
- ニット帽、ネックウォーマー
- ユニクロのヒートテック、フリース、シャツ
- サポートスパッツ
出発前、ノートPCを持って途中でブログを書こうかと本気で考えて、やめた。絶対に正解だった。歩き終わったあとの僕に、文章を書く体力は一グラムも残っていなかった。
サポートスパッツは効いた。膝とふくらはぎが最後まで無事だったのは、たぶんこれと、日頃の15キロのおかげだ。
2017年の記録を、いま読む人へ
歩いたのは2017年12月11日から12日。この記事を書き直しているのは2026年で、9年経っている。そのまま真似できることと、確認したほうがいいことを分けておく。
変わらないこと
体の反応は変わらない。1時間200kcalの補給設計も、座ると筋肉が固まることも、24時間を超えると心が先に折れることも、9年では変わらない。
ルートの向き——湯河原発にして、消耗する後半を東京側に持ってくること——も、道路の作りが変わらないかぎり有効だ。あとで触れる二つの大会も、どちらも同じ向きに歩く。
変わったかもしれないこと
沿道の店は確実に変わっている。ロイヤルホストも、なか卯も、あの小田原のあんぱん屋も、いま同じ場所にあるかは分からない。工事の状況も歩道の整備も違うはずだ。
沿道の情報は、この記事を地図として使わないでほしい。28時間の中身のほうを持ち帰ってもらえるとうれしい。
そして、この道に100キロの大会ができた— 湯渡し100と東京エクストリームウォーク100
書き直すにあたって調べていて、いちばん驚いたのがこれだった。
2025年3月、湯河原から歩く100キロの大会ができていた。「湯渡し100」。湯河原をスタートして川崎の元住吉まで100キロを歩く。さらに「東京エクストリームウォーク100」は小田原から有明まで約100キロを歩く。コースは、僕が歩いた道の17キロ地点から先とほとんど重なっている。
念のため書いておくと、僕はどちらの大会にも出ていない。歩いた2017年には、まだ存在していなかった。
大会にはエイドがあって、交通の誘導があって、リタイアしたら回収してもらえる。そのかわりスタート時刻も休む場所も選べない。僕が歩いたほうには、エイドは無いかわりにコンビニがあって、制限時間が無いかわりに誰も待っていてくれなかった。同じ道に、二通りの歩き方があるというだけの話だと思う。
コースが無いから、
区間ごとの通過記録
歩いた記録を、最後にまとめておく。残っている通過時刻はこうだった。
| 通過時刻 | 地点 | 積算距離 | 経過 |
|---|---|---|---|
| 湯河原駅 出発 | 0km | — | |
| 小田原 | 17km | 3時間30分 | |
| 夕方 | 大磯 | 33km | 約7時間 |
| — | 藤沢(中間地点) | 50km | ロイヤルホストで1時間30分休憩 |
| 翌 | 戸塚 | — | 工事の迂回で1時間ロス |
| 翌 | (保土ヶ谷にまだ着いていない) | 約64km未満 | 17時間 |
| 翌 | 横浜 出発 | 70km | マクドナルドで1時間休憩 |
| 翌 | 川崎市に入る | — | 22時間 |
| 翌 | 東京都に入る(多摩川) | — | 23時間 |
| 翌 | 蒲田 | — | タリーズで30分休憩 |
| 翌 | 品川 | — | — |
| 翌 | 日本橋 到着 | 101km | 28時間18分 |
2017年の記録なので、通過時刻をメモしていない地点がある。大磯と藤沢の到着時刻がそれで、ここは空けてある。書ける数字だけを並べた。
まとめ— 100キロを一人で歩くと、何時間かかるのか
28時間。実歩行25時間、休憩3時間20分、平均時速4km。それが僕の答えだ。
歩き切って分かったのは、100キロは脚力の問題ではないということだった。膝もふくらはぎも最後まで無事で、壊れたのは小指と腰と、あとは気持ちだ。効くのは当日の根性ではなくて、それまでの毎日だと思う。
道は
どこへでも行けるし、