コーヒー豆は、豆ではなく種だ。コーヒーノキという木に、さくらんぼくらいの赤い実がなる。コーヒーチェリーと呼ばれている。
実を割ると、中に種が二つ、平らな面を向かい合わせて入っている。これを取り出して乾かし、焼いたものが、いつも飲んでいるコーヒーになる。
種のまわりは、外から順に、皮、果肉、ぬるっとした粘液質(ミューシレージ)、パーチメントと呼ばれる薄い殻、シルバースキンという薄皮。
この「種をどうやって実から取り出すか」が、袋の最後の一語だった。
Special Feature No. 009
テに通いはじめて、一年ほどになる。一日に二度行く日もある。それなのに、コーヒーの味がさっぱり分からない。ぶっちゃけ、インスタントでもいいと思っている。
この前、テで初めて豆を買った。銀色の袋に、手書きでこう書いてあった。
EthiopiaYirgacheffeArichaNatural
家で淹れてみたら、ちょっと薄かったけれど、ちゃんとうまかった。でも、袋に書いてある四つの言葉が何を言っているのか、僕はほとんど分かっていない。
さすがにそれはもったいない。だから、この四語が読めるところまで、一つずつ調べてノートにした。詳しい人には当たり前のことしか書いていない。僕のための、学習ノートだ。
コーヒー豆は、豆ではなく種だ。コーヒーノキという木に、さくらんぼくらいの赤い実がなる。コーヒーチェリーと呼ばれている。
実を割ると、中に種が二つ、平らな面を向かい合わせて入っている。これを取り出して乾かし、焼いたものが、いつも飲んでいるコーヒーになる。
種のまわりは、外から順に、皮、果肉、ぬるっとした粘液質(ミューシレージ)、パーチメントと呼ばれる薄い殻、シルバースキンという薄皮。
この「種をどうやって実から取り出すか」が、袋の最後の一語だった。
実から種を取り出して乾かすまでの工程を、精製(プロセス)と呼ぶ。大きく分けると三つある。
摘んだ実を、そのまま天日で干す。実ごと数週間かけて乾かしてから、カラカラになった皮と果肉をまとめて剥がす。いちばん古いやり方で、水をほとんど使わない。乾くあいだに果肉の甘さや香りが種に移るので、ベリーやワインのような、果物っぽい味になりやすい。エチオピアやブラジルに多い。
先に皮と果肉を機械で剥いて、残ったぬめりを水槽で発酵させて落とし、きれいに洗ってから乾かす。果肉の影響が少ないぶん、味がすっきりして、酸味の輪郭がはっきりする。中米やコロンビア、ケニアに多い。エチオピアでもよく使われる。
皮と果肉は剥くが、ぬめりを残したまま乾かす。ナチュラルとウォッシュトのあいだの味になる。べたつくぬめりが蜂蜜のようなので、この名前がついた。蜂蜜は入っていない。コスタリカでよく聞く。
僕が買ったのは、ナチュラルだった。
コーヒーが育つのは、赤道をはさんだ北回帰線と南回帰線のあいだ、だいたい北緯25度から南緯25度まで。コーヒーベルトと呼ばれている。
同じ国でも、地域や標高で味が変わる。だから袋には、国の次に地域の名前が書いてある。
アラビカ種のコーヒーは、エチオピアの森で生まれたとされている。いまも森や庭先に、昔からの在来の木がたくさん残っている。花のような香りと、柑橘や紅茶のような明るい酸味がよく言われる。イルガチェフェは南部の地域の名前で、エチオピアの中でも特に名前が知られている。
アリチャは、そのイルガチェフェの中の、豆を集めて精製する場所の名前だった。袋の三語目までは、だんだん狭くなっていく住所だったことになる。
中米の国。火山が多く、標高の高い畑が多い。ほとんどがウォッシュトで、チョコレートやナッツのような甘さと、ほどよい酸味のバランスがいいと言われる。袋にはアンティグアやウエウエテナンゴといった地域の名前が書かれていることが多い。
スマトラ島のマンデリンが有名。土やハーブを思わせる香りと、どっしりした重さ、酸味の少なさが特徴とされる。この味は、精製のやり方から来ているところが大きい。
皮と果肉を剥いて軽く乾かしたあと、まだ湿っているうちにパーチメントを剥いて、種だけを乾かす。雨の多い土地で早く乾かすための方法で、ほかの国ではあまり見ない。生の豆は、少し青みがかった深い緑色になる。
緑色の生の豆を焼くと、だんだん茶色く、黒くなっていく。どこで火を止めるかで、同じ豆でも味が大きく変わる。
焼いていくと、豆がパチパチとはぜる音が二回やってくる。一回目を1ハゼ、二回目を2ハゼと呼ぶ。浅煎りは1ハゼが来てまもなく止めたもの、深煎りは2ハゼが来てからも焼いたもの、と覚えるとざっくり合っている。
日本では、浅いほうから八つの呼び名がよく使われる。ライト、シナモン、ミディアム、ハイ、シティ、フルシティ、フレンチ、イタリアン。ライトとシナモンが浅煎り、ミディアムとハイが中煎り、シティとフルシティが中深煎り、フレンチとイタリアンが深煎り。どこからを浅煎りと呼ぶかは、店によって少しずつ違う。
浅煎りは、酸味と、その豆が育った土地の個性が残る。果物っぽい、軽い味になりやすい。
深煎りは、苦味と香ばしさ、コクが前に出る。焙煎そのものの味が強くなるぶん、産地の違いは分かりにくくなる。
エチオピアのナチュラルは浅めに、インドネシアの豆は深めに焼かれることが多い。
飲まれているコーヒーのほとんどは、アラビカ種とロブスタ種の二つだ。
アラビカは標高の高い涼しい土地で育ち、香りがよく、酸味がある。スペシャルティコーヒーと呼ばれるものは、ほぼこちら。
ロブスタは低地でも育ち、病気に強い。苦味が強く、カフェインはアラビカの倍ほどある。インスタントや缶コーヒーによく使われる。僕が「インスタントでもいい」と思っていたのは、ひょっとすると別の木の話だったのかもしれない。
アラビカの中にも品種がある。ティピカとブルボンが古い系統で、そこから多くの品種が生まれた。パナマで有名になったゲイシャは、もとはエチオピアの森で見つかった品種で、ジャスミンのような香りで知られる。
エチオピアの袋には、品種の名前ではなく「エアルーム(在来種)」と書かれていることが多い。名前のついていない在来の木が、数えきれないほどあるからだ。
Ethiopia— 国。アラビカが生まれたとされる国。
Yirgacheffe— 地域。エチオピア南部。花のような香りで知られる。
Aricha— 豆を集めて精製する場所の名前。
Natural— 実のまま干した。果物っぽい味になりやすい。