Special Feature No. 007
地下に降りたら、
カフェだった。
神田・深夜の「Cafe & Bar TerraCotta(テラコッタ)」
序
深夜二時を過ぎた神田で、コーヒーが飲みたくなった。
こういうとき、選べる店はほとんどない。開いているのはチェーンの居酒屋か、カウンターだけのバーか、無人の店。座って、静かで、まともなコーヒーが出てくる場所は、この時間には無いものだと思っていた。
神田駅から歩いて数分。大通りから一本入った小道の、地下一階。そこに、普通のカフェがあった。
一小道と、階段
小道と言っても、迷うような道ではない。看板が出ているからすぐ分かる。
02:43。立て看板が光っていて、「空席あります」と書いてある。
入口には案内が貼ってある。営業時間、電話番号、何人から貸切ができるか。メニューの現物も置いてある。地下に降りる店で、この情報量は安心する。値段の分からない階段を降りるのとは、まるで違う。
階段が明るい。ここが一番言いたいところかもしれない。雑居ビルの地下にありがちな、薄暗くて何かの匂いがする階段ではない。コンクリートがきれいに保たれていて、段の縁には滑り止めが入っている。
降りきったところに、ハンバーグの立て看板が置いてある。地下のバーに降りていくつもりだったのに、最初に目に入るのが「㊙のハンバーグ」なのが、もうおかしい。
二扉の内側
扉を開けると、バーカウンターがある。八席ほど。背後の棚にボトルがぎっしり並んでいて、ここまでは想像どおりの「深夜の店」だ。
02:50。地上から七分で、僕は地下のカウンターに座っている。
座ってから手前に目をやって、そこで驚いた。ソファ席がある。四人掛けが二組。
深夜に開いている店は、たいていカウンターだけだ。立ち飲みか、スツールか、よくてボックス席。深く沈む椅子は無い。夜通し営業する店にとって、長居できる椅子を置くのは商売として重い。座られたぶん、席が動かなくなるからだ。
それが、ここにはある。革張りで、座面が深い。この時間に、こういう椅子に座れる。それだけで、僕はこの店を好きになった。
ソファ席は、混んでいるときは二人以上で使う決まりだという。ただ、この日は「今の時間は誰もいないので、お一人でもどうぞ」と言われた。僕はカウンターに座ったままだったけれど、そう言ってもらえる店だということは書いておきたい。
この時点で、僕はもう満足していた。
三奥に抜けると
ところが、奥にまだ空間があった。
抜けた先が、思っていたより広い。テーブル席がいくつも並んでいて、照明が落としてある。手前が「バーにソファが置いてある店」だとしたら、奥はまるごとカフェだった。
奥の壁には、プロジェクターが投影されている。百五十インチ。貸切のときにはここで映像を流すそうで、楽器を持ち込むこともできるという。
薄暗くて、静かで、コーヒーが飲める。こういう場所を、僕はずっと探していた。
四五百五十円
メニューを開いて、二度見した。
ハンドドリップのブレンドが五百五十円。ライト、ミディアム、ヘビーの三種類から選べる。アイスコーヒーも五百五十円で、こちらは深煎りの豆を七時間ほど水に漬けて出す、いわゆる水出しだ。深夜に、七時間かけた水出しが五百五十円で出てくる。
昼のカフェより安い。
夜はチャージが五百円かかる。その代わり、温かい生姜のスープが出てくる。五百円をどう見るかは人によると思うけれど、コーヒーが五百五十円で飲める店なら、僕は払う。
一緒に頼んだのは、燻製した鶉の卵。マヨネーズが添えてある。
五皿のこと
調子に乗って、鴨のローストを頼んだ。
この時間に出てくるものとしては、手が込みすぎている。バルサミコが敷いてあって、それがちゃんと美味い。あとから頼んだ豚バラのチャーシューも同じだった。
メニューが、とにかく広い。ピザ、パスタ、ハンバーグ、サラダ、チーズの盛り合わせ、生ハム。バーテンダーに聞いたら、客の要望に答えていたらこうなったという。
経営の教科書なら選択と集中を説くところだけれど、客としては、これほどありがたいことはない。
小皿のメニューが別にあって、こちらは一人前の食べきりサイズで全部六百六十円。生ハム、カリカリのチーズフライ、ナチョス、カプレーゼ。
さらにその下に、全品三百三十円の一段がある。燻製たまご、オリーブ、いぶりがっこのチーズ、柿ピー、生チョコレート。最初に頼んだ燻製の卵も、たぶんここだ。深夜に一人で来て、コーヒーと、三百三十円の一皿。そういう頼み方ができる。
別の日に、いぶりがっこのチーズを頼んだ。燻した大根の漬物で、クリームチーズを挟んである。頼むとすぐ出てくる。軽くて、普通にうまい。この組み合わせを最初に考えた人は、天才だと思う。
そしてデザートの一角が、「自家製スイーツ4種」として囲ってある。手書きで「スタッフの手作り!」と添えてある。ショコラのテリーヌ、抹茶のテリーヌ、チーズケーキが六百円。バナナパウンドが五百五十円。
焼き上がって冷めたチーズケーキを、ホールのまま厨房から持ってきて見せてくれた。カウンターに座ったまま、深夜三時に、丸ごとのチーズケーキを見た。この時間に、店で菓子を焼いている。
全部が自家製というわけではない。囲ってある四種だけだ。それでも、この時間にこれをやっている店を僕はほかに知らない。次はこれを食べに来る。
店名は、創業者ふたりの名字を合わせたものだそうだ。寺内さんと小谷さんで、テラコッタ。一人がバリスタで、一人がバーテンダー。
コースターにも、看板にも、カップとワイングラスが並んで描いてある。店の掲示にはこう書いてあった。「夜でもコーヒー」「昼でもカクテル」。二人でやっている店の、そのままの姿だと思う。
六電源と、朝の話
電源が、ほぼ全席にある。
テーブル席にもソファ席にもあって、カウンターは席の下に付いている。言われるまで気づかなかったので覗いてみたら、確かにあった。電源タップの貸出も、スマホの充電器の貸出もある。
面白い話を聞いた。この店は、朝に向かって混む。
深夜二時、三時は、周りの夜の店がまだ営業中なので、むしろ空いている。店としてはその時間にソースの仕込みをしているので、客がいなくても困らないらしい。
人が増えるのは、そこからだ。近所の夜の店が閉まると、働いていた人たちが流れてくる。朝六時半に「まだやってる〜?」と入ってくる人もいる。始発待ちの人も来る。
深夜のカフェというと、静かに時間が過ぎていく場所を想像する。ここは逆で、空が白むほど賑やかになる。
03:13。最後にソファ席をもう一枚撮って、店を出た。滞在は三十分ほど。
神楽坂にも店ができたと聞いた。僕の深夜散歩の道からは少し外れるけれど、そのうち寄ってみようと思う。
友達を連れてこよう、とも思った。深夜に、二人でカフェに入れる。それだけで十分な理由になる。
知っておくといいこと
- 営業は 11:00〜翌7:00。月曜から土曜まで(日曜休み)
- 神田駅から徒歩数分。大通りから一本入った小道の地下一階
- ハンドドリップのブレンド 550円(ライト/ミディアム/ヘビー)、アイスコーヒー 550円、カフェオレ・カフェラテ 600円
- 夜はチャージ500円。生姜のスープが付く
- 小皿メニューは全品 660円(税込・一人前)。人気は生ハムとチーズフライ
- さらに全品 330円の一段もある(燻製たまご、オリーブ、いぶりがっこチーズなど)
- デザートに自家製が4種ある(ショコラテリーヌ・抹茶テリーヌ・チーズケーキ 600円、バナナパウンド 550円)。店で焼いている
- ソファ席は、混んでいるときは二人以上から。空いていれば一人でも通してくれる
- 電源はほぼ全席。電源タップとスマホ充電器の貸出あり
- カードが使える
- 貸切は10名から。空いている日なら、もっと少人数でも相談に乗ってくれるという
- 深夜2〜3時台が一番空いている。朝方のほうが混む
店
Cafe & Bar TerraCotta(テラコッタ)
〒101-0047 東京都千代田区内神田3-18-6 藤田ビル B1F
TEL 050-6876-0045
営業 11:00〜翌7:00 / 月〜土(日曜定休)
2026年9月に取材。価格・営業時間はその時点のもので、最新の案内は公式サイトで